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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)6235号 判決

原告 名鉄運輸株式会社

右代表者代表取締役 加賀繁次

右訴訟代理人弁護士 島田清

被告 小林静三

右訴訟代理人弁護士 滝沢国雄

同 松本義信

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金三〇八、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

(一)  原告は自動車貨物輸送を業とする会社で昭和三八年以来訴外長谷川運輸株式会社の依頼により同会社のため貨物の輸送をして昭和三九年一月二〇日締切翌二月一五日支払分の運賃金一三三、五九九円については同年三月一六日付小切手を以って支払われたが、これは不渡りとなった。

(二)  当時右訴外会社は殆んど倒産状態であったので、原告に対する運賃支払方法として、右訴外会社が被告から賃借中の東京都中央区湊町一丁目六番地所在の事務所一室の敷金として被告に差入れてあった金五〇〇、〇〇〇円清算残額返還請求権の譲渡を受けることになり、昭和三九年三月二三日に同月末日現在における運賃債務が四月末日までに現金で弁済できないことを停止条件とする右運賃債務と同額の右運賃返還請求権の譲渡契約が成立した。

(三)  ところが、右訴外会社は昭和三九年三月二八日になって前記事務所は閉鎖され、社長始め会社幹部はその所在が不明となり業務一切が停止され銀行取引も解除されて同年四月末日を待たずして訴外会社の原告に対する運賃債務の支払が不能となり、前記敷金返還請求権譲渡はその効力を発生するに至った。なお当時における原告の右訴外会社に対する未払運賃債権額は金三四一、二七九円である。

(四)  ところが前述のとおり右訴外会社の代表者等は所在不明で被告に対し、前記債権譲渡の通知をさせることができないので、原告は昭和三九年四月三日、東京法務局所属公証人三堀博役場において右譲渡証書に確定日附を得たうえ、同日被告方に赴き、前記事務所を管理している被告の養母小林静子に対し右譲渡証書を示したうえ右訴外会社に代位して敷金返還請求権譲渡の通知をなし、更らに念のため、同月六日債権譲渡の通知をなし、右通知は翌七日同人に到達した。

(五)  その後右訴外会社の敷金清算金残金約三〇八、〇〇〇円でこれは訴外会社の代理委任状を所持している訴外大成物産に支払ずみであることが判明した。

(六)  よって右敷金残金三〇八、〇〇〇円とこれに対する本訴状が被告に送達された日の翌日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として原告主張の事実中第(一)乃至第(三)項記載の事実は知らない、第(四)項記載の事実のうち昭和三九年四月七日に原告から債権譲渡の通知のあった事実及び第(五)項記載の事実はいずれも認めるがその余の事実は否認すると述べ、小林静子は被告の代理人ではなく、また債権譲渡の通知の代位は許されないから原告のなした通知は何ら効力がないし、被告は原告主張のように敷金の残金を訴外長谷川運輸株式会社に返還済みであると述べた。

原告は、右被告の主張に対し、民法第四二三条は一身専属の権利でない限り債務者に属する一切の権利につき債権者の代位を認めるものであり、通知をなすことは債権譲渡者に認められた法律上の力、即ち債務者の権利であって、これは債権譲渡において債務者との関係で債権者の異動関係を確定するものであるから一種の形成権で譲渡者に属する権利で代位の対象とすることができるのは当然であると述べた。

理由

債権譲渡の通知を債権者(譲受人)が債務者(譲渡人)に代位してなすことができるか否かについて検討するに、債権譲渡人のなす債権譲渡の通知はその性質がいわゆる観念の通知であって、仮りにこれを債権者代位権によって行使できる権利に含ませることが可能であったとしても、民法第四六七条第一項が譲受人を除外しているのみならず譲受人が任意にできるとしては譲渡が有効に行われた場合以外の場合にもなされたりして濫用されることがあり、対抗要件としての法律関係の安定を害する危険があるので譲受人は譲渡人を代位しても債権譲渡の通知をすることは許されないものといわなければならない。なお附言するならば、右のように解するとしても、譲受人は譲渡人に対して、債務者に債権譲渡の通知をすべきことを訴求することができるから(意思表示を求める訴に準ずる。かような意味で債権譲渡の通知は譲渡人の義務である)譲受人の権利が不当に害されることはないのである。

以上述べたとおり譲受人が譲渡人に代位してする債権譲渡の通知はその効力がないから、その余の主張を判断するまでもなくこの点において原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 定塚孝司)

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